茶葉に疎い人
「プーアール茶ってあるじゃん」
「ぷ………何?」
「プーアール茶」
「ぷーあーるちゃ?」
「茶ね、茶。そういうお茶があるんだよ。あー、ほら、ルイボスティー的な」
「ディアゴスティーニ?」
つい2日前の会話だ。ひどい。ひどすぎる。ルイボスティーに至ってはスティーしか合っていない。というかよくそこだけが一致する単語を出してきたなと感心した。
私の彼氏は茶葉に疎い。
茶葉だけではない。ファッションブランドにもとことん疎い。ちゃんと企業名が言えるのはユニクロと無印良品だけなのではないか。
ディオールがわからない。POLAとPAUL&JOEの違いがわかっていない。RMKだの、エスティーローダーだの、イヴ・サンローランだのは当然わからない。母親の誕生日にあげるのだという財布を一緒に選びに行った時には、シャネルの財布をルイ・ヴィトンだと言っていた。おばか。
付き合った当初、記念日のプレゼントがスリップオン製品一択なのをずっと不思議に思っていたが、東急ハンズで買っていると聞いて心の中で大きく頷いた。そりゃあ、東急ハンズで革製品を買えばスリップオンになるだろう。
私が使っている化粧品のブランドについては少しだけ知っている。しかし発音は慣れていない。「せっきせい」が雪肌精だとわかっていないからである。
私が「せっきせい」と言うから、「せっきせい」と言っているだけなのだ。以前、ドンキホーテに行ったら、「めいちゃんが使ってるやつあるよ!」と全然違うやつを指差していた(パッケージが少し似ていた)。
KOSEの雪肌精シリーズのシュープレムだと言ったところで、シュークリームと間違われるのがオチである。
うちの彼氏はこれぐらいの世界で生きている。
しかし全く何もわからないということでもない。最近は「ふぃんと」を覚えたようである。私のお気に入りのブランドだ。何度も服を買ってくれているから、否が応でも覚えたんだろう。あそこの服、まあまあ高いし。
後は、覚束ない発音で「じるすちゅあーと」「じぇらぴけ」「さまんさ」と言っている。すべて私の御用達の店だ。次に覚えるのはきっと「めぞんどふるーる」だろう。
とまあ、私の彼氏はこれぐらいの世界で生きている。
でも、彼は私にはさっぱりわからないとても広い世界にも生きている。
プログラムを組み、回路図を書き、ロボットを組み立て、魔術書にあるような数式を解いている。私には一生わからない世界だ。この間はトートロジーがどうとか話していた。トートロジー。説明を求めたがよくわからなかった。とりあえず、「絶対に揺らがない事象をトートロジーっていう」らしい。
私はきっとこれからも、トートロジーを「トートロジー」としか認識できないんだろう。彼が雪肌精を「せっきせい」としか認識しないように。
そんな別世界に生きている彼と、
私はきっと結婚する。
わからない世界同士を合わせて
私たちは未来をつくる。
ついでに、彼は栄NOVAの5階をひどく恐れている。そこには大手ロリータブランドの店舗があるからだ。
さすがに一揃いでウン十万もする服を他人に買わせるほど、面の皮の厚い女ではない。非常に心外なのである。